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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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コラム)外国文化への心づかい―「日本ファースト」の前に/川上文雄のじんぐう便り…21

福岡左知子(ふくおか・さちこ)「息をしている帽子」。既製品の帽子に刺繍(ししゅう)。買い物や散歩のときにかぶっている。福岡は「たんぽぽの家・アートセンターHANA」所属のテキスタイル作家(1963年生まれ、奈良県在住)

福岡左知子(ふくおか・さちこ)「息をしている帽子」。既製品の帽子に刺繍(ししゅう)。買い物や散歩のときにかぶっている。福岡は「たんぽぽの家・アートセンターHANA」所属のテキスタイル作家(1963年生まれ、奈良県在住)

 神奈川県に住むネパール人のAさん(46歳)。8月のある日、伝統的な織物で作られた正装用のネパール帽子「トピ」をいつものようにかぶり、帰宅の電車に乗っていた。すると突然、面識のない30代の男性(以下、Bさん)から言葉をかけられます。「ここは日本なのだから、海外の文化を持ち込まないで、日本に合わせなさい」。その現場に私が居合わせたら、Aさんに近づいて「すてきな帽子ですね」「お似合いですね」と声をかけたでしょうか。(Aさんに起きた出来事の情報源は末尾の[注]に記載)

 私の目に映ったAさんは身だしなみを大切にする人。そしてなによりも、自国の文化を表現する帽子をかぶって自分を表現している人です。Aさんのように文化を大切にする個人に対して日本人・外国人の区別なく敬意を払うという心づかいは、「日本ファースト」のBさんにはなかったようです。日本(日本文化)という大きなものを背後にもちながら、Aさん個人の尊厳を傷つけてしまった。

 ネット上で「トピ」の画像を見ました。なかなかすてきです。欲しくなりました。私が「トピ」をかぶっているのを見たら、Bさんは何と言うでしょう。「日本人は日本人らしく装え」と言わないとも限らない。外国人だけの問題ではありません。

 身に着けているものに難癖をつけられたら、私ならどのように反応するか。もちろん受け入れがたい。公道を歩く、電車に乗るなど公共空間に姿を現すときは、社会の一員として身だしなみに気をつけている(Aさんも同じ)。近所のスーパーに買い物に行くときの服装と誰かに会いに行くときの服装は違えている。身だしなみは自由に、責任をもって自分が決めている(Aさんもきっとそうだ)。あれを身に着けろ、それは身に着けるな、などと誰にも指図されたくない(BさんはAさんに指図した)。

 そのような心がまえを持って生活することは、ある意味「誇り」とか「自分の尊厳(自尊心)」とかを感じながら生きることだと思います。

 そのような私の生き方を尊重してもらえたら、とてもうれしい。だから、他人もきっと私と同じ思いだと想像して、他人の自由と尊厳を大切にしたい。それを大切にすることは、「他人とともに生きる」という私たちの社会生活の基本として重要だと思う。たがいの「自由と尊厳」を認め合うこと。自分も他人も等しく大切にすること。

 そうはいっても、他人の自由と尊厳に対する「心づかい」を先にしたほうが、よくはないでしょうか。なぜなら、自分が傷つくときはすぐに気づきやすいけれど、他人が傷つくことはなかなか気づきにくいからです。だから自分の好みをだけを考えてはいけない。好みを押し付けたら(指図したら)相手の自由と尊厳を無視することになる。Bさんはそれをやってしまった。

 他人の自由と尊厳を尊重するという心づかい。そして自由と尊厳を大切にしている人(その生き方)に敬意を払うという心づかい。この心づかいを「文化の作法」と呼ぶことにします。「作法」とは「(昔からある)日常社会で守るべき言語や動作のきまり」(国語辞典より)。用例は「礼儀作法」。さらに「礼儀」を調べると「人が生活するうえで守るべききまり。とくに相手に対する敬意の表し方」とありました。

 「文化の作法」に反する言動とは何か。他人が大切にしている文化を否定する、文化について自分の好みの文化を押し付ける(文化について指図する)などです。Bさんの言動は無作法だった。

 「日本人は日本人らしく」とか「日本人だから当然日本の伝統文化を」という言論が「文化の作法」に反するやり方で世の中の主流にならないか、政治権力によって「日本人は日本人らしく」の方向に誘導される危険が今の日本にないのか、気がかりです。

 「文化の作法」に反する分だけ「個人の自由と尊厳」にとって危険度は高まる。政治権力を手に入れて、自分好みの文化政策を推進しようとする動きはないのか、注意が必要です。個人の自由と尊厳に価値を置かない文化政策とは、いったいどんな政策なのでしょう。「文化を大切にする政治」の基本は、「文化の作法」を大事にしながら私たちの生活(地域での生活を含む)が豊かに営まれように尽力することだと思います。

 生活文化、地域文化を作っていく自由と力を奪われない(維持する、あるいは回復する)にはどうしたらいいでしょうか。「日本文化ファースト」の前に「『文化の作法』ファースト」。これが広く人々に受け入れられるようになってほしいです。

[注]冒頭で紹介した出来事は以下から知った。

「こんな怖さ初めて」来日25年のネパール人、電車で突然受けた心ない言葉 排外的な空気に戸惑い【総裁選2025】(毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画、https://news.yahoo.co.jp/articles/53a450ffe6b04c70e2f79de5c7e31da0613b0363?、紙面版の毎日新聞2025年10月3日「来日25年、感じた恐怖」もある)

(随時更新)

川上文雄

 かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、奈良教育大学元教員、奈良市の神功(じんぐう)地区に1995年から在住

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