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浅野善一

奈良天理の柳本飛行場跡 防空壕を戦争遺跡として保存 「朝鮮人強制連行」記述の説明板撤去で注目 市が隣接地と併せ公有化へ

柳本飛行場跡に残る2カ所の防空壕のうちの1カ所=2025年9月25日、奈良県天理市岸田町、浅野善一撮影

柳本飛行場跡に残る2カ所の防空壕のうちの1カ所=2025年9月25日、奈良県天理市岸田町、浅野善一撮影

 奈良県天理市の並河健市長は、太平洋戦争末期に建設された市内の大和海軍航空隊大和基地(通称・柳本飛行場)跡地の防空壕(ごう)を、戦争遺跡として保存することを決めた。隣接地と併せ公有化する。同飛行場跡は、市が過去に設置した説明板を並河・現市長が撤去したことで注目を集めることになった。説明板には、飛行場建設で朝鮮人労働者が強制連行で連れて来られたとの記述があり、これを「強制性については議論がある」との理由で問題視した。

 同飛行場は本土決戦に備えて建設されたといわれる。同市長柄町や岸田町の付近に、長さ1500メートルの滑走路や関連施設があった。現在は元の水田などに戻っている。

草木に覆われた柳本飛行場跡のもう1カ所の防空壕=2025年9月25日、奈良県天理市岸田町、浅野善一撮影

草木に覆われた柳本飛行場跡のもう1カ所の防空壕=2025年9月25日、奈良県天理市岸田町、浅野善一撮影

 防空壕は飛行場跡地に散在する関連施設の遺構の一つで、南北に約140メートルに離れて2カ所ある。市教育委員会文化財課によると、いずれも長さ約20メートル、高さ約2.5メートルのトンネル状のコンクリート製構造物で、四つの出入り口がある。通信施設だったとの伝承があるという。

 現在、防空壕の内部は物置のようになっていて、南側の防空壕については全体が草木に覆われている。今日まで残ったのは、巨大なコンクリート製構造物で撤去が困難だったためとみられている。

 公有化のきっかけについては、市が以前から防空壕の保存を目指す方針を示していたところ、それぞれの所有者から土地と合わせて寄付の申し出があったという。

 先月の市議会6月定例会で、関連の事業費を盛り込んだ一般会計補正予算案が可決された。防空壕それぞれの隣接地の買収に向けた土地鑑定手数料70万円で、隣接地には道路から防空壕への進入路や来訪者のための駐車場を整備する計画という。2カ所の防空壕と隣接地を合わせた土地の面積は約1300平方メートル。

説明板撤去きっかけ、外部からの批判

 同飛行場を巡っては、その歴史の解明に取り組むグループが、強制連行された朝鮮人労働者が建設工事に動員されたことや、朝鮮人女性の慰安所があったことを独自に掘り起こした。市と市教育委員会は1995年、そうした調査の成果を踏まえた飛行場の説明板を跡地の一角に設置した。

 しかし、2014年、朝鮮人の「強制連行」や「慰安婦」を批判の標的にする団体の関係者とみられる人たちから市に対し、強制連行はなかったなどとして説明板の撤去や修正を求めるメールや電話があり、これをきっかけに並河市長は「強制性については議論があり、説明板を設置しておくと、市の公式見解と誤解される」と判断、説明板を撤去した。

 市の対応に対し、市民団体「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」が発足、説明板の再設置を求めて市と交渉を続けてきた。そうした中、並河市長は2023年8月、同会の案内で飛行場跡地を歩くフィールドワークに参加。市長は歩き終えた後のあいさつで「飛行場の全体像を教わり、平和を次の世代に受け継いでいかなければいけないという思いを新たにした。壕なども劣化しており、どうしたら残していけるのか予算面も含め検討していかなければならない」と述べていた。

 9月25日、市役所で「奈良の声」の取材に応じた並河市長は、防空壕の保存について「大和ののどかな田園風景も戦地の一部に組み込まれたことを認識し、恒久平和を祈念するのが目的」と述べた。飛行場跡地全体の遺構の調査の予定については「全部の把握は困難。象徴的で分かりやすいのは防空壕」として、まずは防空壕の保存実現に向けて取り組む考えを示した。

 一方、「考える会」共同代表の1人、高野真幸さんは防空壕の保存について「会の中には一歩前進と捉える声もあるが、私は違う見方をしている」と述べた。

 高野さんは、実際に防空壕が保存整備されるまでにどれぐらい時間がかかるか分からないと指摘。「同じお金をかけるなら、土地の取得より、まずは柳本飛行場跡のパンフレットを作って飛行場がどのようなものだったかを分かるようにして、それによってみんなが見に来るような状況をつくれば、必ずしも戦争遺跡として保存しなくてもいいのではないか」とする。

 その理由として「市長は今年3月の市議会定例会での施政方針で、観光とは別に戦争遺跡として保存すると言っているが、地域住民にここに戦争に関わる施設があったということを分かるようにパンフレットで説明すれば、観光資源としての柳本飛行場跡になると思う」と述べた。市に対しても、高野さんをメンバーに加えてパンフレットを作るよう提案しているという。

筆者情報

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